少女が憧れたアメリカはいま

    由浪容子

 

昭和31年4月、中学に入った私が手にした一冊の教科書。それは、表紙も中味も「アメリカ」が満載の英語教科書「ジャック & ベティ」だった。素敵な挿絵のなかに、アメリカ人の暮らしを見る思いで、ひたすらアメリカに憧れ続けた少女時代の私。いま思えば、あのころは何でも彼でもアメリカ、アメリカで回っていたような、そんな風潮だった気がする。加えて、近所に進駐軍の数家族が住んでいたこともあり、現実にその暮らしぶりに触れる機会も多かった私にとっては、憧れが膨らむ一方だった。


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しかし、私の心のなかで何も彼も輝いていたアメリカが、六十路も坂を越した今頃になって、とても色あせて見えるようになったのだ。

ヒロシマ、ナガサキへの原爆投下が、いわば実験だったなんて・・・・。小学生のころに飲んだ給食の脱脂粉乳を、50年計画で日本人の味覚を欧米化させる目的で支給していたなんて・・・・。

戦後66年、かって憧れた国はそこにはなく、日本を食い物にしてきた実態がくっきりと浮かんで見えてきたのだ。

ビル・トッテン氏の寄稿のなかで、「TPPの最終目的は、日本、韓国を潰すことにある」との一節を読んだとき、以前どこかの国の将軍様が、「日本はアメリカの51番目の州だ」と言った言葉を思い出し、言い知れぬ無気味さを感じたのは、私一人だろうか・・・。

  国益のためなら、なりふり構わぬアメリカの本質は、私が憧れをいだいていたころからずっとそうだったのだと、いま思う。

私が知らなかっただけなのだと・・・・。

                                             (11月14日 投稿)

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