少女が憧れたアメリカはいま

    由浪容子

 

昭和31年4月、中学に入った私が手にした一冊の教科書。それは、表紙も中味も「アメリカ」が満載の英語教科書「ジャック & ベティ」だった。素敵な挿絵のなかに、アメリカ人の暮らしを見る思いで、ひたすらアメリカに憧れ続けた少女時代の私。いま思えば、あのころは何でも彼でもアメリカ、アメリカで回っていたような、そんな風潮だった気がする。加えて、近所に進駐軍の数家族が住んでいたこともあり、現実にその暮らしぶりに触れる機会も多かった私にとっては、憧れが膨らむ一方だった。


 

原発事故 人類の過ちという視点

長谷川 渉

  (日本キリスト教団境港教会・牧師)

8月6日、第66回目の原爆の日の平和記念式典が広島で行われました。式典の中で首相が原爆死没者慰霊碑に向かって献花を行いましたが、その碑には次のような言葉が刻まれています。『安らかに眠ってください 過ちは繰り返しませんから』。

 

当たり前の働き分を認めて

当たり前の働き分を認めて

 ----------- 業者婦人と憲法 

 境港民主商工会婦人部長  田口恵子

 

皆さんは所得税法第56条をご存じでしょうか。「配偶者とその親族が事業に従事したとき、対価の支払いは必要経費に算入しない」(条文要旨)と言うものです。

 

家族専従者の給料を

認めない所得税法

 

私は嫁いで来て三〇年、ずっと夫と一緒に働いてきました。男性ばかりの中で同じように朝から晩まで働いても、私の働き分は八六万円止まりで、いくら働いても増えることはありません。確定申告の時に「専従者控除」として、配偶者は八六万円、配偶者以外の家族は五〇万円と決められています。

息子が学校を出て後継者として働き始めた時、年収として認められるのはたった五〇万円でした。一〇代、二〇代の若者が一年間汗水流して働いて、たった五〇万円、それも事業主の所得から控除されるだけなのです。私たち業者婦人は、一家を支えて家事と家業、夫以上に働いています。

 

 

 

あけましておめでとうございます

 新年あけましておめでとうございます。

 民主党政権へという歴史的な政治の変革。面白い情勢の年明けですが、憲法九条を守る運動、いっときも目を離せません。

今年もよろしくお願いします。

 県の事務局長の浜田章作さんからメール年賀状をいただきました。ご了解をえてご紹介します。

 

 

亡き人たちへの供養を忘れない

                安井美恵子

 

平成二十一年七月二十七日、夫婦共に八十路を歩く私たち二人は、かねてより念願だった来世の道標を建立することが出来ました。夫は自筆で「平和」と大きく書きました。

昭和初期の生まれである二人。父二人は支那事変、兄四人は第二次世界大戦に参戦しました。夫の兄二人は海軍、私の兄二人は陸軍でかけがいのない人生を、大きく狂わされました。

 

義兄は

 

夫の長兄は瀬戸内海に於いてグラマン戦闘機により、マストで見張りをしていて、爆撃により多くの破片を身体に受け、命は取りとめたものの、その後の人生を大きく変えさせられました。十四年間の小学校長を務めた兄は、内面と外面での行き方、考え方が異なり、家族は大変な苦しさを味わいました。

昨年、法要の席を借り、私は自分史として投稿した「孫たちへの証言」の中で、義兄と同じ戦艦「日向」で同じ体験をされた方の手記を詠み、兄の遺児に事の真相を話しました。真相を語らず、自分が生き恥をさらしたとの生き方を続けた義兄の人生、その海軍にて病気となり、何の手当てもなく、二十二歳で亡くなった次兄、それを見取った両親の心の中はいかばかりだったでしょうか。

 

 

さつき川柳会・平和を詠む-その2

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境港市内の同好の方たちで活動する『さつき川柳会』から、“平和”を詠んだ川柳が境港九条の会に届けられました。先日の続きです。会報11号にも紹介しましたが、ここにも掲載します(敬称略)。

 

さつき川柳会・平和を詠む

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境港市内の同好の方たちで活動する『さつき川柳会』から、“平和”を詠んだ川柳が境港九条の会に届けられました。会報10号にも紹介しましたが、ここにも掲載します(敬称略)。

まずは8首。あとはまた後日に掲載します。お楽しみに。

 

沢田研二の『我が窮状』

ジュリー、沢田研二が歌う『我が窮状』が話題になっています。10月にはNHKも紹介しました。

歌はまぎれもない憲法9条賛歌。なぜいま?とのマスコミの問いに沢田研二はこう答えています。

「60歳になったら言いたいことをコソっと言うのもいいかな、と。いま憲法は、改憲の動きの前でまさに『窮状』にあるでしょう。言葉に出さないが9条を守りたいと願っている人たちに、私も同じ思いですよというサインを送りたい。」

 

 

川柳に詠む九条

会の事務局メンバーの井田容子さんは、境港さつき川柳会のメンバーでもある。

鳥取県内の川柳を楽しむ方たちの平成20年度の句集が発行された。そこに詠んだ彼女の句から三首ご紹介。

 

「九条」に守られ私の今日がある

 

「千の風」幾多の故人(ひと)の顔浮かぶ

 

青春の残像乗せて「出雲号」

 

国を憂いて詠む

「しんしんと降る雪の国 憂へつつ九条の 礎 継ぎ伝へん」

上道町の足立輝夫さんが、05年2月26日結成総会で、戦中、戦後と歩んでこられた道を語られ、いまの心境として詠まれた歌です。

この日、会場となった境港市民会館の外は、しんしんとは雪に包まれていました。感慨深く聴きました。

 

 

得手を生かして

keiko-1.jpg外江町の田口恵子さんから、絵手紙が寄せられましたので紹介します。

田口さんは、新日本婦人の会で絵手紙を教えています。”得手を生かして平和を守りたい”とおっしゃっています。

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キリストの教えに従って

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朝日新聞記事/クリックで拡大

 

境港九条の会結成の中心になって活動された草地大作氏。当時、日本キリスト教団上道教会の牧師でした。

草地氏が、境港九条の会事務局員として05年5月9日付朝日新聞に登場しました。紹介しておきます。

草地氏はいま同教団の***教会へ転任となり、向こうでもがんばっていらっしゃいます。(07年12月 事務局記)

 

 

平和憲法を後世に

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日本海新聞記事/クリックすると拡大

 

境港九条の会呼びかけ人の一人、浜田章作さんは、鳥取県九条の会結成準備の先頭にもたっています。浜田さんへのインタビュー記事が、05年5月8日付日本海新聞に掲載されましたので、紹介します。

浜田さんは、境港市麦垣町在住。山陰放送を経て、当時、元鳥取女子短大助教授、69歳。